同時履行の抗弁権とは?
同時履行の抗弁権(こうべんけん)とは、相手方が債務を提供するまで自己の債務を履行しないと主張できる権利です。
民法第533条では、「双務契約の当事者の一方は、相手方がその債務の履行(債務の履行に代わる損害賠償の債務の履行を含む。)を提供するまでは、自己の債務の履行を拒むことができる。ただし、相手方の債務が弁済期にないときは、この限りでない。」と規定されています。
参考:民法第533条(e-GOV) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
以下では、同時履行の抗弁権を具体例を交えてわかりやすくまとめてみました。
- ○○さんは△△不動産から建売住宅を購入した
- 引渡し予定日を過ぎても△△不動産は家を渡してくれない
- △△不動産は先に支払いを済ませてくれと要求する
- ○○さんは「引渡ししてくれるまでお金を支払わない」と主張できる
相手方の履行の提供までは自己の履行を拒絶できる権利ですね。
「他方が履行しないのに一方だけを履行させるのは不公平」という考え方に基づき、同時履行の抗弁権が認められています。
同時履行の抗弁権の要件
同時履行の抗弁権の成立要件は次の3つです。
- 同一の契約から発生した異なる2つの債務があること
- 両者の債務が弁済期にあること
- 相手方が債務の履行をしないまま、履行の請求をしてきた
「AさんがBさんに対して所有する土地を1,000万円で売却した」という契約を例に挙げて、同時履行の抗弁権の成立要件を詳しく見ていきましょう。
①の成立要件:「AさんがBさんに土地を渡す債務」と「BさんがAさんに1,000万円を支払う債務」が相対立する債務になる
②の成立要件:「土地の登記を先に行って1,000万円は3日後に支払う」という約束をした場合は、「Aさんは1,000万円と引き換えでないとBさんに登記は移さない」と同時履行の抗弁権を主張できない
③の成立要件:Aさんが土地の登記をBさんに移す書類を渡さずに、「先に1,000万円を支払え」と要求するケース
①において、一つの契約によって生じた対立する債務があれば同時履行の抗弁権が認められます。
贈与のように一方的に義務を負う場合では問題になりません。
②の成立要件では、Aさんが行うべき登記は弁済期にあるものの、Bさんの支払は弁済期が到来していない、という考え方です。
そのため、Aさんから「1,000万円支払うまで登記は渡さない」といった同時履行の抗弁権は主張できないわけです。
③では、「自分が成すべきことをしないで一方的に要求する」のがおかしいとの考え方が根底にあります。
同時履行の抗弁権の基本的な指針は、両者に公平性があるのかどうかです。
また、同時履行の抗弁権を主張できる場合は、債務を履行しなくても履行遅滞や債務不履行にはなりません。
同時履行の抗弁権が認められるケース
当事者双方が互いに対価的関係に立つ双務契約において、同時履行の抗弁権では相手方がその債務の履行を提供するまでは自分の債務の履行を拒む権利があると決められています。
そこで、具体的に同時履行の抗弁権が認められるケースをいくつか見ていきましょう。
<民法の条文で認められているケース>
- 解除による原状回復義務相互間
- 請負契約に関する目的物引渡債務と報酬支払債務係
- 委任契約に関する成果物引渡債務と報酬支払債務
<判例によって認められているケース>
- 取消しによる原状回復義務相互間
- 弁済と受取証書の交付
- 建物買取請求権に関連する債務
例えば、契約を解除した場合は契約前に遡って原状回復義務が生じますので、双方に同時履行の抗弁権があります。
目的物の引き渡しが契約の中に入っている時は、目的物引渡債務と報酬支払債務が同時履行の関係性にあるわけです。
同時履行の抗弁権が認められないケース
今度は、同時履行の抗弁権が認められないケースをいくつか挙げてみました。
- 敷金に関連する債務
- 弁済と債権証書の返還
- 弁済と抵当権の抹消登記
- 造作買取請求権に関連する債務
上記のケースは、判例で同時履行の抗弁権が認められませんでした。
また、原告の債務の履行期が未到来の場合や被告が履行拒絶の意思を明確にしているケースも同じです。
不安の抗弁とは?不安の抗弁が認められるケース
何かしらの契約が成立すると、当事者は原則として内容通りに債務を履行しないといけません。
債務を履行しないと、義務を果たさない債務不履行に当てはまります。
しかし、代金後払いの売買契約で買い主の経済状況が悪化している場合、売り主の立場に立ってみると「代金を回収できないのでは?」と不安になって契約通りに目的物を引き渡したくないと考えるでしょう。
こういった状況下で、売り主は不安の抗弁権を主張できます。
不安の抗弁権とは、「双務契約において、債務者が債務を履行すべき場合でも、相手方から反対給付を受けられないおそれが生じたことを理由に、自己の債務の履行を拒絶することなどができる権利」と民法で定められています。
参考:民法(債権関係)の改正に関する検討事項 https://www.moj.go.jp/content/000058276.pdf
わかりやすく解説すると、相手方の信用状態の悪化に備えた権利や契約条項のことですね。
当事者の一方の信用状態が不安な状況になった際に、先に履行すべき債務の履行を拒絶(抗弁)できます。
不安の抗弁権は、一般的に継続的な売買・請負の取引基本契約や販売店契約で先履行をしない権利です。
1回だけの契約(スポットの契約)において、信用状態が突然悪化することはないので問題にはなりません。
継続的契約における不安の抗弁の要件は次の3つです。
- 十分な担保を有しないこと
- 債権者の財産状態の悪化が契約成立後であること
- 不安(信用不安や財産状態の悪化等)が客観的に合理的であること
これらの要件を満たすと不安の抗弁権を行使して、「債務の履行の停止」「担保の提供・追加の請求」「契約解除」ができます。
同時履行の抗弁権と相殺
相殺とは、2つの債権を意思表示で消滅させることです。
AさんがBさんに対して100万円の金銭債権を有し、逆にBさんがAさんに対して80万円の金銭債権を有すると仮定します。
もしAさんがBさんに相殺の意思表示を行うと、差引計算で債権が帳消しになってBさんに対する80万円の債務を免れられるわけです。
相殺がどのような要件で認められるのか見ていきましょう。
- 同種の目的を有する二つの債権債務が債権者と債務者で交互になっている
- 二つの債権債務が弁済期にあること
- 自働債権について債務者の抗弁権がないこと
相手方の同時履行の抗弁権が付着している場合、債権を自働債権として相殺できません。
同時履行の抗弁権を相殺できるのかどうかは、「自働債権」と「受働債権」が深く関わっています。
自働債権と受働債権の違い! | |
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自働債権 | 相殺すると言い出した方の債権(自分から働きかける側) |
受働債権 | 相殺すると言われた方の債権(働きかけを受ける側) |
同時履行の抗弁権がある場合は、立場によって相殺できるケースとできないケースあり!
以下では、同時履行の抗弁権と相殺について具体例を挙げてまとめてみました。
- 定食屋の店長のAさんは常連のBさんと仲良くなり、定食屋の営業終了後に近所のバーに飲みに行った
- 財布を忘れていたAさんは、Bさんから2,000円を借りて1週間後に返す約束をした
- 予期せぬ出費が続いたAさんは、Bさんに借りた2,000円を返すのが難しくなった
- BさんはAさんのお店に行き、「定食代と借金を相殺してくれ」と主張できる
- 一方でAさんは、「借りたお金を定食代に充てておきます」と相殺を主張できない
以上のように、借金している側から相殺の要求ができない仕組みです。
同時履行の抗弁権と消滅時効
消滅時効とは、一定の状態が一定期間に渡って継続する際に財産権が消滅する時効です。
同時履行の抗弁権も、一方が履行期に債務を履行すれば消滅時効が進行します。
例えば、両者ともに相手への債務を持っていて、約束の期日が来た時に片方が責任を果たすとしましょう。
その後は、責任を果たしていない片方の債務は時効によって消滅するという内容です。
「時効で消滅するなら債務を果たした側が損をするのでは?」とイメージしている方は少なくありません。
しかし、債務を果たしていない側には同時履行の抗弁権がなくなります。
債務を果たした側は履行請求権を得て損害賠償請求や契約解除ができますので、デメリットしかないわけではありません。
留置権との違い
留置権とは、他人の物を占有していてその物に関係する債権を有している際に、債権の担保として占有し続けられる権利を指します。
民法第二百九十五条では、「他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。」と定められていました。
参考:民法第二百九十五条(e-GOV) https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
わかりやすく解説すると、この留置権によって相手が債務を履行するまで相手の物を占有できるわけです。
「物を返すからお金を支払ってね」と債務を引き合いに権利を主張できるところは、上記で解説した同時履行の抗弁権と似ています。
しかし、同時履行の抗弁権と留置権にはいくつかの違いがありますので簡単に見ていきましょう。
- 同時履行の抗弁権は債権なのに対して、留置権は物権
- 留置権は第三者に主張できるのに対して、同時履行の抗弁権は第三者に主張できない
- 留置権は占有継続が存続の条件なのに対して、同時履行の抗弁権に存続条件はない
- 留置権は代担保提供による消滅請求ができるのに対して、同時履行の抗弁権はできない
- 留置権は引き留めている物全てに対して及ぶ不可分で、同時履行の抗弁権は不可分ではない
「行使の原因」「拒絶できる内容」「権利の目的」「行使可能な相手方」「不可分性」で同時履行の抗弁権と留置権は違います。
同時履行の抗弁権のよくある質問
以下では、同時履行の抗弁権のよくある質問を紹介していきます。
Q1:双方の契約があればいつでも同時履行の抗弁権を行使できますか?
A:改正民法533条では、「ただし相手方の債務が弁済期にないときは、この限りではない」と定められています。
Q2:同時履行の抗弁権は売主の瑕疵担保責任に適用されますか?
A:同時履行の抗弁権は、公平性を確保するための権利です。そのため、双務契約の場合に加えて契約解除における原状回復義務や売主の瑕疵担保責任にも適用されます。
Q3:遅滞の責任を免れるには相手方の同時履行の抗弁権を奪ってからでないといけませんか?
A:同時履行の抗弁権を主張していると、期限を過ぎて債務を履行しなくても履行遅滞にはなりません。つまり、損害賠償義務や相手方の契約解除権は発生しないわけです。
同時履行の抗弁権の関連情報(書籍/Webサイト等)
ここでは、同時履行の抗弁権の関連情報をまとめました。
・同時履行の抗弁権とは?成立要件と具体例(RE gardens) https://re-gardens.com/archives/390/
・同時履行の抗弁権(三井住友トラスト不動産) https://smtrc.jp/useful/glossary/detail/n/2066
・同時履行の抗弁権の重要ポイントと解説(宅建レトス) https://takken-success.info/b-29/
・同時履行の抗弁権とは?債権回収のための5つのポイント(弁護士法人東京あすなろ法律事務所) https://saiken-kaisyu-law.jp/right-to-defend-simultaneously
・不安の抗弁権とは?契約条項の意味・書き方・具体例は?(契約書の達人) https://xn--wtsq13a09q.jp/defense-of-anxiety/
・相殺の自働債権や受働債権(幸せに宅建に合格する方法) https://ss-up.net/sousai2.html
まとめ
宅建試験の権利関係(民法)科目では、同時履行の抗弁権や留置権、相殺や消滅時効に関する問題が出ます。
同時履行の抗弁権は、相手方が債務を提供するまで自己の債務を履行しないと主張できる権利のことですね。
同時履行の抗弁権と留置権に関しては少々似ていますので、何が違うのかしっかりと確認しておきましょう。
著者情報 | |
氏名 | 西俊明 |
保有資格 | 中小企業診断士 , 宅地建物取引士 |
所属 | 合同会社ライトサポートアンドコミュニケーション |